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静岡、納骨堂・永代供養「葬儀にて」

2020/09/25

人生には四苦八苦の内の初めの四苦の生老病死があり、必ず通らなければならない苦しみであります。生とは生と書き、生まれ生きる事その事事態の持つ苦しみ、そしてその中に老い、病、そして最後に死ぬと言う苦しみがあり、けっして避けることは出来ません。これはどんなに優秀に生まれ、どんなに優秀な成績を残したとしても、最後は死ななければならないと言う掟のようなものです。
霊位は 才と言うお歳でお亡くなりになった訳でありますが、この死を無駄にする事の無いようにするのが、残された者の務めであり、責任でもあります。
お亡くなりになってから、臨終経(枕経)・お通夜・葬儀・火葬の経と全て釈尊の説かれた最大の教え法華経と日蓮聖人のお示しになされた南無妙法蓮華経を僧も皆様も一緒にお唱えして参りました。釈尊の説いたお経は七万も八万もあると言われいますが、その中で本当の仏の真理を説いているのはこの法華経です。この法華経を今から七五〇年前に日蓮聖人がご覧になり、これこそもっとも勝れたお経だとお考えになり、ただ一声に南無妙法蓮華経とお唱えすると、法華経69,384文字約7万文字全部を読んだのと同じだけの功徳がありますよと言って、私達に残して戴いた訳です。この有り難い法華経とお題目を持ってお送りした霊位は 才で亡くなられて非常に残念ではありますけれど、皆様方のお経お題目を聞いて喜んでいるに違いありませんし、そう思う事が送り出した側の努めでもあります。今後もこうした意味を踏まえて、霊位の死を無駄にすることなく、四苦八苦の四苦生老病死を逃げるのではなく素直に見つめて生きぬく事のプラス材料にもし、ご先祖さまに対する感謝も忘れずに生活をして行って戴きたいと思います。そのためにも、朝に晩にお仏壇に手を合わせてお題目をお唱えして戴きたいと思います。それが霊位のご供養にもなるし自分の精神鍛錬にもなるわけでであります。そう言う事を肝に命じて信仰生活に入れれば故人の死は無駄なく永遠に心の宝となる訳でございます。 文