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静岡、納骨堂・永代供養「生死」

2020/09/13

以前、ある政治家が汚職に絡んだ事件に巻き込まれその挙句自殺してしまいました。
しかし、「俺は何も悪いことはしていない。検察のやり方はおかしい私を陥れようとしている」との思いで死んでも死が潔白を証明することにはなりません。昨日発売されたタレントの萩本欽一さんの著書「まだ運はあるのか」に週刊誌の記者に変な疑いをかけられ、悩んだ彼は「死んで分からせた方が早いや」と熱海の錦ヶ浦のがけっぷちに何十分間立って、
そこで生と死について考えたそうです。結果、死んでも何にもならない、親からもらった大切な命を無駄にしてはいけないと悟ったそうです。私たち仏教徒は仏さまが主であり師であり親でもあります。仏様から頂いたこの生命を決して粗末にしてはいけないのです。

日蓮大聖人は『妙法尼御前御返事』に
日蓮、幼少の時より仏法を学び候いしが念願すらく、人の寿命は無情なり。出る息は入る息を待つことなし。風の前の露、なお譬えにあらず。賢きも、はかなきも、老いたるも、若きも、定めなき習いなり。されば、まず臨終のことを習うて侘事を習うべし。
とお示しになられ、何事も己が死ぬ事を考えてから、つまり何時死んでもいいと考えてから、行動しなさいと云うことです。