BLOG

静岡、納骨堂・永代供養「無財」

2020/09/07

 無財の七施は、お金だけが布施ではないことを改めて教えてくれます。
これらの布施は、大切な『清浄行』として、煩悩や悪業より離れた、身も心も清らかな行であるといわれています。ただし、名声や利益のための布施は不清浄施といってこれは、恥ずべき行為とされています。財産とか地位・身の回りのモノに執着せずに心の底から自然に行うことが肝心であり、事実そうありたいものです。日常生活における挨拶、困っている人に手を貸す、お年寄りに席を譲る事などやって見れば簡単な事ばかりです。皆様方にもこれら無財の七施の実践をお願いしたいと思います。
「裏を見せ表を見せて散る紅葉」  先師辞世の句
 生と死は一枚の紙の表裏とよく表現されますが、気持ちとしてはそうであろうと理解しているつもりではありますが、実際我々の生活感情では、表裏どころではなく遠く切り離しているのが現状でありましょう。「死ねば終わりだ!」。「死んでたまるか!」。と無理に引き離して遠くへ押しやっている。
しかし、私達はこの世に生まれたその日からその死に向かって一直線に生きる訳です可愛い赤ちゃんで生まれ幼稚園行って可愛がられ、今度は叱られながら小学校へ行って、勉強勉強で中学・高校を出てやっとの思いで大学へ入っても今度は就職難で苦労します。
で、取りあえず就職して、その後結婚もしなければならない、汗水流し艱難辛苦を乗り越えても六〇歳で定年が待っています。このころから老後を真剣に考えます。そして何より思う事は隣に住んでいる爺さんより一日も永くこの世で生きていたいと思うのです。この一日でも永く生きていたいと思う心は、これはこれで大切な事です。どうぞそう思って肝に命じて生きて下さい。