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静岡、納骨堂・永代供養「しあわせ」

2020/06/20

お釈迦さまがジェータ林というところにご滞在のとき、ひとりの人が、最上の幸福とはどういうものですか、とおたずねしました。このジェータ林というのは、漢文のお経に給孤独園(ぎっこどくおん)と出ていますが、土地の長者が身寄りの無い人々に食物を給する公園のような所であったらしいのです。そこに群れ集うてくる人々、つまり不幸に打ちひしがれた人たちの中から出された質問でありますから、きわめて真剣な質問であります。
 そのとき、お釈迦さまはどう答えられたか、さいわいにもその教えのことばが今日まで伝わっていて、スッタニパータ(経集)というお経の中に収められています。
「最上の幸福とは」
◇ 諸々の愚者に親しまないで、諸々の賢者に親しみ、尊敬すべき人々を尊敬すること、--これがこよなき幸せである。
◇ 適当な場所に住み、前世には功徳を積んでいて、みずからは正しい誓願を起していること--これがこよなき幸せである。
◇ 博愛と、技術と、訓練をよく学び受けていること、弁舌巧みなこと、--これがこよなき幸せである。
◇ 父母につかえること、妻子を愛し護ること、仕事に秩序あり混乱せぬこと、--これがこよなき幸せである。
◇ 施与と、理法にかなった行いと、親族を愛し護ることと、非難を受けない行為、--これがこよなき幸せである。
◇ 悪を厭(いと)い離れ、飲酒を制し、徳行をゆるがせにしないこと、--これがこよなき幸せである。
◇ 尊敬と謙遜と満足と感謝と時々教えを聞くこと、--これがこよなき幸せである。
◇ 耐え忍ぶこと、温良なこと、諸々の道の人に会うこと、時々理法について論議をすること、--これがこよなき幸せである。
◇ 修養と清らかな行いと聖なる真理を見ること、安らぎを証すこと、--これがこよなき幸せである。
◇ 世俗の習慣に触れても、その人の心が動揺せず、憂いなく、汚れなく、安穏であること、--これがこよなき幸せである。
◎ これらのことを行うならば、いかなることに関しても敗れることがない。あらゆるところで幸福に達する。--これがかれらにとってこよなき幸せである。岩波文庫青二八八〃ブッダのことば〃より)

当山彌勒の丘・納骨堂・永代供養塔は幸せの心を見出せることが出来ます。お待ちしております。