BLOG

静岡、納骨堂・永代供養「ご挨拶」

2019/11/27

挨拶とは、人と人が互いに会ったときや別れるときなどに取り交わす礼にかなった動作や言葉です。こんな事はわざわざいうまでもないけれど、以外とできない場面を目にすることもあれば、自身も多々あるのかもしれない。簡単にできる事こそ気づかない、うっかりしてしまうからなのかもしれない。
挨とは近寄る
拶とは迫るとある

コミュニケーションを取るときに欠かせない第一歩でもあるし、次にまた会うときの縁結びでもある。

我々の仏教では合掌が挨拶です。世界共通、何時でも何処でもできるし、言葉がなくても通じるのが合掌です。何も待たずに手と手を合わせてあなたを拝みます。そこに一言、言葉としての挨拶が加われば完璧ですね。『ひろめよう合掌の心』この一言に尽す。   
赤ちゃんが生まれて来た時、「オギャー」と挨拶をするではありませんか。立派な挨拶です。隣の部屋にいたってあきらかに生まれましたというのが解ります。誰に教えられたのでもないのに、泣いて挨拶をしてくれるのです。偉いじゃありませんか。

 法華経第20番目のお経には、何時の世にも様々な人が居てます。思い上がった高慢な比丘も居ましたが、真面目な比丘比丘尼もいらっしゃいます。そのひとりに「常不軽」と名のる菩薩さんがいました。この比丘(常不軽菩薩)は凡そ出会う人は誰でも、ことごとく合掌し礼拝し、ほめました。
『私はあなたを深く敬います。決してあなどり軽んじません。何故なら、あなたは菩薩の道を修行したなら、必ず仏となることができるからです』と。この比丘は五種法師をあまりすること無く、会う人、会う人のそば近くに行き只ひたすら拝み続けました。
『あなたを尊敬します。必ずや、あなたは成仏するかたですから』。ところがこれを見て悪く思う人がいたのも事実。この坊さん頭がおかしいと思われ、中には杖で叩かれたり石を投げつけられたりもしました。しかしそれでも諦めもせず礼拝行を続けたのです。
『我は深く汝等を敬う』 常不軽菩薩の礼拝行は最高の菩薩行(挨拶)ではないでしょうか。ありがたいじゃありませんか。

ご先祖に挨拶するところは本尊と仏壇とお墓です。当山の新しいカタチのお墓、納骨堂・永代供養塔があります。ここで沢山「挨拶」を致しましょう。雨の日でもゆっくりお参りができますょ。是非どうぞ。