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静岡、納骨堂・永代供養「人の命」

2019/10/01

大分前に「人は死なない」なんていう本の宣伝見たことあるけれど、未だに時々宣伝を見ることがある。そういうことがまかり通るのなら、人は生まれない事になります。人は母親のお腹の中で命を頂くと、約一年母親から栄養を頂き、生まれてくると、加齢して老いて病んで亡くなってゆくのが道理です。確かに霊魂は生き続けるとは思うが、霊魂は人ではない魂なのである。人は死なないなどと決めつけるのはいかがなモノかと腑に落ちない。

霊魂の所在は第三者がいかに共に生きるかということであると思う。霊魂はあってもそれ自体に自在性はないのではなかろうか。霊魂に気持ちを込めるのはこっち側の思いがあってどのように捉えるかも己の気持ちの問題だといえる。信仰と一緒で信じるか信じないかだと言えるが、心の安定や動揺の中に存在するものだといえる。


釈尊は遷化したけれど、信仰する人の側では釈尊の教えはずっと生き続けている。今ここに100人信者がいたとすれば100もの釈尊仏さまいることになる。だから其処に釈尊が見えたり隠れたりしている。これが人の心、生きながら輪廻している事になる。ゆえに一所懸命精進を繰り返すのが修行なのである。必ず死ぬのだから一生懸命心を鍛えよう、それが行なのだから・・・。
行を終えたら新しいお墓のカタチ納骨堂と永代供養塔がここにはあります。安らかにお入りください。