BLOG

静岡、納骨堂・永代供養「昭和の葬儀(5)」

2019/06/03

昭和の末期から平成初期は、未だ葬儀は自宅で行うのが普通であった。故に夏は暑いし冬は寒いのが当たり前で、その中でお経を読み、お題目を唱え、引導を渡す。特に夏は部屋内に白黒の幕を張り巡らすので、密閉それていて風がなく非常に暑く感じる。扇風機を使用しても万人には届かず首降る動作が余計に暑く感じたほどだ。

より苦痛なのは寒中のお通夜である。部屋の中に収まっている人や僧侶はまだいいけれど、テントなどある場所はまだいいけれど、全く外にて会葬者は凍えてしまう、凍える場面もあるほど。外に置く煖房器具もあったけれど、それは自宅葬儀が終わる時期になってようやく登場してきたものだ。とにかく自宅葬は仕切りも外されており、たとえ暖房器具があっても極寒時はあまり機能していなかったと記憶する。

施主から「今日は寒いのでなるべく早く頼みます」などという注文が入ることもあった。今でこそ通夜といえば約40分くらいかけて行うけれど、昭和の時代の極寒の通夜時は15分~20分くらいで終えていたこともよくあった。お通夜が終えて通夜宅から外へ出てくると、外で会葬していた人から「今日のは早く終わってくれて佳かった」と安堵の微笑みをかけてくれた会葬者が多かったのは事実です。葬儀本番は短縮する事は不可能だがお通夜はそれが出来た。真夏の葬儀とて同じことで、日中の葬送儀式はいうにいえない苦労があった。扇風機などあっても、かえって首を振る動作がより暑さを増すものだった。

今ではお寺で通夜も葬儀もいたします。あなこしこ