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静岡で永代供養なら幅広く対応できる当寺院まで

静岡で当寺院は永代供養以外の供養を行ってまいります

永代供養を希望の皆様に静岡にある当寺院は、多くの情報と確かなサービスを体験していただける環境を整えておりますので、おすすめです。
静岡にある永代供養で評判の当寺院はその道を歩き続ける住職が皆様のお悩みに対してしっかりと対応していき、ご不安や悩みを解消できる環境です。
また当寺院のサイトでは、皆様と向き合っていく住職のことや日々の事柄まで、どんなことでもご相談いただけるような情報を更新しておりますので、当寺院のブログを一度ご覧ください。

  • 静岡、納骨堂・永代供養「仏教伝来」

    2020/10/22
    日本へ仏教が伝わったのは西暦538年といわれています。聖徳太子は十七条拳法の第二条に「篤く三宝を敬え」と顕し、国を平等に治めるために仏教を積極的に用いました。「三宝」とは仏宝・法法・僧法で俗に「ぶっぽうそう」といいます。また、各地に寺院が建立去れ様々布教の拠点としましたが、全国的に国分寺を建て仏教国の柱を築き挙げました。 その後奈良時代には伝教大師最澄が天台宗比叡山を、弘法大師空海が真言宗高野山...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「仏教」

    2020/10/19
    お釈迦さまはの時代、修行者は常に三衣一鉢(日本の僧侶の袈裟に当たる布と下衣や衣、食器)のみを所持して、托鉢で食事の喜捨を得て、布施に応じて説法がされていました。しかし、インドの一年は大きく乾季と雨季に別れ、大勢の弟子たちが付き従うようになると、乾季に托鉢で過ごすには不都合なのですが、雨季には困難なことも多かったのでした。 そこで、篤信の有力者から雨季に僧団が修行できる精舎(僧院・お寺)が寄進され...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「自然災害」

    2020/10/16
    いつの世でも地震、大雨など何処かで必ずに被害のニュースを目の当たりにいたします。新し記憶では、東日本大震災のあと、ガレキの中を太鼓を打ち行脚する僧、托鉢姿で鈴を振る姿が、地元の新聞に大きく掲載されました。外野の我々は遠方から只お祈りするだけでしたが、回向、祈願は届いているものと信じております。当時、火葬場の受け入れ能力を超えたため、大勢の犠牲者を仮埋葬する事となり、各仮埋葬地域では、当地の地域...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「彌勒さま開眼」

    2020/10/13
    法華経は69,374の文字数から成り立っております。「南無妙法蓮華経」と1度唱うれば、法華経を全部読む事と同様のご利(り)益(やく)があります。お経の中に本師・お釈迦さまの後の未来仏となる彌勒(みろく)菩(ぼ)薩(さつ)(仏)は27回出てきます。またお釈迦さまから直接には「阿逸多(アイツタ)(17回)」と呼ばれて可愛がられております。   当山が山本に遷座した平成28年に、この地を「彌勒の丘」と名付けました。その...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「よみがえり」

    2020/10/10
    私たちのいのちは、この地球の歴史に比べると、ごく短く、はかないものです。あたりまえのことですが、この世に生まれた人の数と、この世で亡くなる人の数は、永久に同じです。そして一度失われたいのちは、決して蘇ることはありません。 でも植物はその個体が終わりが全て終焉ではありません。一本が枯れても、その下から芽が出てきます。すっかり枯れ落ちていたと思ったら、数年後に新芽が出てくることもあります。数年前の...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「供養」

    2020/10/07
    「供養」とは「供給資養」の略です。サンスクリット語の「プージャ-」または「プジャーナー」の訳としてあてられました。仏・法・僧の三宝や、亡くなられた方の霊に対して、身(しん)口(く)と意の三つの方法によって、供物を捧げることを意味します。さらに広い意味では、お寺で行われる様々な法要も供養の儀式でありますし、仏壇やお墓にお参りすることも、供養の一種となります。 その中で、一般の仏教徒の方にとって...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「合掌」

    2020/10/04
    「合掌」両手を合わせるとき、人はどのような光景を心に描いているのでしょうか。かけがえのない方を喪った悲しみの刻、私たちは思わず手を合わせます。亡き方を見送る辛さ、胸が張り裂けそうな想いのなかで!悲しみは、苦しみともなり、取り残された私たちは自然と手を合わせ続けるでしょう。 ときが過ぎ、悲しい思い出が懐かしさに変わるころ、私たちは感謝の合掌合掌を捧げます。在りしの報恩に感謝の心を添えて。慈しみと...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「三諦」

    2020/10/01
    前回からの続き さて同じ菓子でも、饅頭、羊かん、せんべい、大福餅皆姿形、拵方(こしらえかた)、味い皆ちがいます。そのちがった見かたを假有とも假諦とも申します。姿形はちがっていても皆相性体等をそなくて居らないものはありません。そう見てくると何もかも別なものでないことがわかります。かく皆同じと見るむきを空とも空諦とも申します。然しつまりは假有とも空無ともきめられません。そこで中諦と見ることも間違...

静岡にある当寺院で、永代供養を希望されている皆様にはぜひ一度当寺院まで足を運んでいただき、供養についての理解を深めてください。
永代供養を静岡県で行う当寺院は、葬儀から遺骨を納骨するお墓やお墓を管理する施設まで、故人が安心して死後の世界に逝けるように数多くのサービスをご案内しており、また当寺院のことを知っていただくための紹介も様々なメディアで行っておりますので、当寺院をご利用する前に一度ご覧ください。
寺院を利用するのが初めての方は、どういったことをするのかイメージが付きづらく、故人の方を任せて本当に大丈夫なのか不安になられます。
当寺院ではそのような不安を感じていただきたくないため、サイトでしっかりと寺院のことを紹介し、皆様と関わる住職はブログで日々のことや仕事のこと等随時掲載しておりますので、当寺院のブログをぜひご覧ください。