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静岡で永代供養なら幅広く対応できる当寺院まで

静岡で当寺院は永代供養以外の供養を行ってまいります

永代供養を希望の皆様に静岡にある当寺院は、多くの情報と確かなサービスを体験していただける環境を整えておりますので、おすすめです。
静岡にある永代供養で評判の当寺院はその道を歩き続ける住職が皆様のお悩みに対してしっかりと対応していき、ご不安や悩みを解消できる環境です。
また当寺院のサイトでは、皆様と向き合っていく住職のことや日々の事柄まで、どんなことでもご相談いただけるような情報を更新しておりますので、当寺院のブログを一度ご覧ください。

  • 静岡、納骨堂・永代供養「二諦」

    2020/07/29
    龍樹菩薩は又、『二諦説』を示します。  二諦とは、「真諦」と「俗諦」であります。 諦とは「真理」の意味であります。龍樹菩薩は真理に二種類があるとし、その二つの真理を「真諦」と「俗諦」と呼びました。真諦は、また勝義諦(しょうぎたい)第一義諦(だいいちぎたい)とも呼ばれ、これは「高次元の真理」「ほとけの世界の真理」といってもよいでしょう。 「俗諦」は、また世俗諦(せぞくたい)とも呼ばれます。日常的...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「縁起」

    2020/07/26
    キリスト教やイスラム教では霊魂と肉体を二つに分けて考えるようです。肉体の死にいたると霊魂は肉体より離れるという事をどちらも言っております。ただし、その霊魂は、私たちが考える悪霊や守護霊といったものではないようです。それは肉体も霊魂も神によって造られたものであり、神の意志によってのみ支配されるのであって、私たち人間のレベルでは、どうこうなるものではないという事のようです。  さて、仏教の伝統のな...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「ファクターX」

    2020/07/23
    また、仏教とは違いますが、悪霊や守護霊という思想をもつ「霊の宗教」が存在するのも事実です。何か宇宙霊のようなものが支配していて、それが現象となつて現われるという思想、あるいは人間のこうなりたいという願望や不幸への恐怖心から、霊の力に期待し、霊のもつ影響力を供養という形で操作していこうとするものです。しかし、これは民族宗教的レベルのもので純粋な仏教とは違います。  では、仏教ではどう教えているの...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「大切なこと」

    2020/07/20
    そんなマールンクヤープトラに対して、お釈迦さまはこのように教えられた。 「マールンクヤープトラよ、ここに一人の男があって、彼は毒矢で射られたとせよ。友人たちは医師を呼んで来て、その毒矢を抜いて手当てをしてもらおうとしている。しかし、本人はこう言うのだ。「誰がこの矢を射たのか? この矢の毒の成分は何か? この矢を射た弓は、どんな形をしているか?・・・これらの問いに答えられぬうちは、この毒矢を抜いて...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「信心」

    2020/07/17
    だからといって、宗教にたよればいいかというと、それがなかなか・・・  信じるということは、祈って自分の欲望を満たしてもらうことではありません。祈ることで、こうしてください、ああしてください、と自分の欲求や都合を満たしてもらうことが信仰ではないのです。祈っても祈っても・・・あるところまでは解決しても、ああしてほしい、こうしてほしいという祈りだけではしあわせになりません。 ある政治家が自殺しました...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「4.9」

    2020/07/14
    日本の病院などで4とか9とかの数字を嫌い、西洋では13を忌むが、洋の東西古今を問わず、死がおそろしくて、遠く外に置かずにいられぬこころに変わりはありません。  かなりの病であっても、病気とそれに随伴する種々の苦悩は痛感しても、死の問題としてとらえる人は少ないであろう。どうしたら早く良くなれるか、今後の将来をどうしようと・・・ また、親兄弟、師友との死別も重ねて愛別離苦の悲しみは感じても、自分が...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「布施」

    2020/07/11
    一般に布施というと、法事などの際住職に出す包金と思われていますが、布施というのは、単に住職への謝礼や報酬ではありません。お経や法話を通じて、お釈迦さまの教えを見聞させていただいたよろこびを形に表わすものです。ですから喜捨とか報捨といいます。  布施とは、仏教の教えの一つで、それにはもともと、奪い合いの世界からお互い与えあう生活ヘ-という意味があります。  信者が寺や住職に財物を差し上げることを...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「八正道」

    2020/07/08
    さて、八正道の基本は正見でありますが、どうしたら正しいものの見方、正しいものの考え方ということが出来るでしょうか。それには、正しい生活をし、正しい行為をし、適度な努力をしているうちに、私たちの眼が清らかになり、正しいものの見方ができるのであります。つまり、八正道とは車の両輪のような関係にあり、互いに補い合い支え合って正しい道を進んでいけるのであります。 3の正語(しょうご)とはウソ、悪口、中傷...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「滅諦」

    2020/07/05
    滅諦(めったい)とは、苦の原因の消滅に関する真理です。われわれの人生は苦であると示され、そして執着(とらわれる)するが故に苦しむのであると示されるのです。さらにその原因の方をなくそうとするのが、第3の滅諦(めったい)です。  つまり、貪欲・瞋恚・愚癡 の3毒、即ち無明・渇愛から遠離(おんり)しその火を消滅せしめるのが諦観で、この状態を「悟り」「涅槃」「寂静」「寂滅」「円寂」ともいい、禅語では「...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「集諦」

    2020/07/02
    集諦(じったい)とは,苦の原因に関する真理であります。それの原因は「愛」であります。キリスト教では「汝の敵を愛せよ」と「愛」をすばらしいものに考えていますが、それは近代的な解釈であって、本来の日本語の「愛」とはちがっています。この点に関して疑問の向きは「岩波・古語辞典」を参照されたい。ともかく愛は、究極的には「自己愛」であるというのです。仏教はそのように見なしています。したがって、愛を「執着」と...

静岡にある当寺院で、永代供養を希望されている皆様にはぜひ一度当寺院まで足を運んでいただき、供養についての理解を深めてください。
永代供養を静岡県で行う当寺院は、葬儀から遺骨を納骨するお墓やお墓を管理する施設まで、故人が安心して死後の世界に逝けるように数多くのサービスをご案内しており、また当寺院のことを知っていただくための紹介も様々なメディアで行っておりますので、当寺院をご利用する前に一度ご覧ください。
寺院を利用するのが初めての方は、どういったことをするのかイメージが付きづらく、故人の方を任せて本当に大丈夫なのか不安になられます。
当寺院ではそのような不安を感じていただきたくないため、サイトでしっかりと寺院のことを紹介し、皆様と関わる住職はブログで日々のことや仕事のこと等随時掲載しておりますので、当寺院のブログをぜひご覧ください。