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静岡で永代供養なら幅広く対応できる当寺院まで

静岡で当寺院は永代供養以外の供養を行ってまいります

永代供養を希望の皆様に静岡にある当寺院は、多くの情報と確かなサービスを体験していただける環境を整えておりますので、おすすめです。
静岡にある永代供養で評判の当寺院はその道を歩き続ける住職が皆様のお悩みに対してしっかりと対応していき、ご不安や悩みを解消できる環境です。
また当寺院のサイトでは、皆様と向き合っていく住職のことや日々の事柄まで、どんなことでもご相談いただけるような情報を更新しておりますので、当寺院のブログを一度ご覧ください。

  • 静岡、納骨堂・永代供養「みほとけ誕生」

    2019/07/15
    釈迦牟尼世尊=お釈迦様=仏陀=如来=みほとけ。仏さまの事をこのように呼びます。季節はズレていますが、4月8日はゴータマ・シッダールタが印度の釈迦族の王子(太子)とし生まれた尊い日として位置づけられています。誕生に関して「釈迦はマーヤーの脇の下から生まれた」という話と、生まれてすぐに七歩前進して、右手で天を、左手で地を指し『天上天下唯我独尊』てんじょうてんげ ゆいがどくそん、天にも地にも我一人と言...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「仏、われにあり」

    2019/07/12
    大乗仏教では、個体としての我(人我)だけでなく、存在を構成している要素の実体(法我)をも否定して人法二無我を説き、全てのものが無自性であるとする。  部派仏教における究極的な涅槃は、全てのものが無常・苦・無我で不浄であると悟って煩悩を滅し尽くした境地であるとされたが、大乗仏教では、全てのものがもともと空であることを悟った涅槃の境地は絶対的な自由の境地であり、常・楽・我・浄の徳をもつとする。ここに...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「孫も悦ぶ」

    2019/07/09
    孫が5人(全女子)は4歳、3歳、2歳、1歳、当歳と揃っている。小学校にゆくとなると、とりあえず1年生から5年生までの学年にいることになるから、お祝いも大変だ。そして流石に女の子だけあってよく喋る。赤ちゃんの時は笑顔だけで癒やされてはいたが、そのうちによく笑い声をあげるようになる。暫くすると「マンマ」とか「んマ」とか喋るようになり成長がよくみてとれるようになる。しかも言い続けてなかなか終えないから...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「龍神さま降臨」

    2019/07/06
    当山に龍神さまが始めてお出でになられたのが、平成22年秋のことです。七面天女さまご宝前のロウソクに11月9日この形を頂いた。4.5日の11月5日からお経中にジワジワ変化が顕れついに登りきった龍のお姿がハッキリと見ることが出来た。 よく見ると龍の頭もしっかりと顕れ出ている。何十年もお経あげている訳だけれどこれが一番最初の龍神降臨の瞬間、ありがたくも写真に収めておいたものだ。 これは龍神さまお奉...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「どの花見ても」

    2019/07/03
    歌詞:童謡『チューリップ』  さいた さいた  チューリップの花が  ならんだ ならんだ  あか しろ きいろ  どの花見ても きれいだな 八正道で一番大切な正見  物事を正しく見ることが大切です。チューリップの唄はその心理、「どの花みても きれいだな」と思える目を持つ事が最大一だと伝えてくれる。これは花に限らず全てのものに対して言えることです。法華経の教えの根底に広がるものです。さらに加えるのな...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「おむすびの話」

    2019/06/30
    合掌している手で出来るものにおむすびがあります。心をこめて握ってくれたおむすびは最高の食事です。愛情込めて作ったおむすびほどおいしいものはない。おむすび(御握り)は、ご飯を三角形・俵形・球状などに加圧成型した食べ物である。通常は手のひらに載る程度の大きさに作る。「おむすび」や「握り飯」とも呼ばれる。保存性・携行性に優れており、手づかみで食べられることから、日本で古くから今日に至るまで携行食や弁...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「仏壇も大切です」

    2019/06/27
    仏壇の日というのがあり3月27日とのこと。初めて知ったのは少し恥ずかしいが、「各家に仏像・経を置いて礼拝供養せよ」 という天武天皇の紹が出された685年に遡る。昔の人は偉かった。しっかりとそれを守り自分の信仰を持っていた> 貴族などの上流階級においては、持仏堂を持つものもあった。藤原頼通の平等院鳳凰堂や足利義満の鹿苑寺などがある。また『更級日記』の作者、菅原孝標女が薬師仏を等身に造って屋敷内で...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「微妙の法」

    2019/06/24
    開経偈には「無上甚深微妙の法は」とある、微妙はお経読みだと「みみょう」と読み、この上ない最上を意味するのだ・・・。絶賛する言葉「微妙」が、現代ではどちらかというと、マイナスに転じて「ビミョー」となったのはどういうことか。時代とともに言葉の変化があるのは理解できるものてあるものの、逆に近いような意味合いになってしまうのは、如何なモノかと思うが、今さら取り戻すのは非常に難しいことだとは感ずる。 ...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「蜘蛛の糸」

    2019/06/21
    血の池地獄で溺れている悪人は 生前にクモを助けたという良い行いをしました それを見ていたお釈迦さまは 悪人の目の前に糸を下ろされた 悪人はその糸に飛びつき何もかも忘れて一生懸命昇り始めました 途中下を見ると今まで一緒にいた仲間が一斉に昇ってくるではありませんか このままでは糸が切れてしまうと思ったその時 悪人は昇り来る悪人を蹴り落とそうとしました 自分だけ助かろうとする悪人の姿をご覧になったお...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「寺院の移転」

    2019/06/18
    中国の古い説話にもうぼさんせん孟母三遷の教えがあります。三遷とは三度住居を変えることであり、孟子(もうし)の母は、孟子(もうし)を育てる時に、三度も引っ越しをしたという。はじめは墓地(ぼち)の近くに住んでいたが、孟子(もうし)が葬式(そうしき)のまねばかりするので困り果て、町の市場の近くに引っ越した。そうすると今度は商売のまねばかりして遊ぶので思案した結果、今度は学校の近くに引っ越すこととなっ...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「昭和の葬儀(9)」

    2019/06/15
    むかし富士宮市の火葬場に町中にあり、ロータリーがあった。霊柩車が到着すると霊柩車は右廻りで3度回って竈の前に到着となる。環境が変わっても後は今と変わらない、ただ焼き上がりに2時間ほどが掛かっていただろうか。ここは記憶が定かではないが、焼き上がるのに大分待ったことは覚えている。 荼毘している最中に飲食をするのは今と変わらない。荼毘が終えると、二人ずつでお骨拾いするのも同様。再びバスに乗って寺に...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「昭和の葬儀(7)」

    2019/06/09
    昭和の葬式、自宅葬儀の場合は僧侶の控え室として隣家の一間を拝借し使用した。30分ほど前に到着して自宅へゆき仕度をする。鳴り物の銅鑼ドラ鉢ハチ(シンバル)を設置して導師席と脇僧席に座布団を確定する。再び控え室に戻り着替えると其処へ司会者が来て打ち合わせをする。弔辞が何人いて弔電の数を等を確かめる。隣保宅からやおら行列をつくりお題目を唱えながら葬儀宅へ進み着座をする。 司会者の言葉で始まりお通夜同様厳か...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「昭和の葬儀(6)」

    2019/06/06
    葬儀とは、臨終のお経(枕経)に始まり、通夜、葬送儀式、火葬、舎利(骨)上げ、初七日、四十九日忌、埋葬までをいう。 枕経にゆき亡くなられた方の調書を書して、法号をお付けする。いよいよ通夜に進んでゆくが、この時、僧侶の控え室は自宅の何処かの着替えの出来る場所が与えられる。家によって様々で時には座布団1枚分の空間しか無いお宅もあったりする。隣保班が座布団をかき集めてきて全員正座で式は進む。式が始まると読...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「昭和の葬儀(5)」

    2019/06/03
    昭和の末期から平成初期は、未だ葬儀は自宅で行うのが普通であった。故に夏は暑いし冬は寒いのが当たり前で、その中でお経を読み、お題目を唱え、引導を渡す。特に夏は部屋内に白黒の幕を張り巡らすので、密閉それていて風がなく非常に暑く感じる。扇風機を使用しても万人には届かず首降る動作が余計に暑く感じたほどだ。 より苦痛なのは寒中のお通夜である。部屋の中に収まっている人や僧侶はまだいいけれど、テントなどあ...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「昭和の葬儀(4)」

    2019/05/31
    通夜の開始時刻は、平成になると午後6時が基本となったが、仕事帰りにも通夜に寄ることが出来る時間として、昭和の通夜は午後7時からが多く基本設定だった。先ずみんなで夕食を済ませてから始めるパターンが多く、書き物してからみんなが食べ終えた後のお膳に座らされて戴く。(1)にも記したが大概この時の食事は意外と美味しかった記憶がある。何処でも名人が責任者になるので美味しい 自宅に祭壇を作ると部屋の半分はそれ...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「昭和の葬儀(3)」

    2019/05/28
    葬儀の仕度には書き物が沢山あった。今はお寺で書くけれど昔は自宅で書した。今でこそまともに字を書けるが、成り立ての頃は下手そのものであった。何故自宅で書くかというと墓標ぼひょうと言うモノがあり大きく移動が大変だったから。そもそも墓標とは文字の如く墓を表す卒塔婆であり、別名角塔婆かくとうばともいった。 上から見ると、■四面とも20㎝高さ3㍍のものもあった。善光寺ご宝前に立っている卒塔婆と同一のものだ...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「昭和の葬儀(2)」

    2019/05/25
    枕経にゆき臨終のお経にゆくとご遺体前に進み芳名と生年月日等々、必要とされる事項のメモる。行年(年齢)を聞くときに+1歳する事を理解するのに案外手間を取る場合もあった。「生命を得てお腹のなかで約1年過ごしてくるので、オギャーと生まれた時には1歳とするのが常識としてある」。これを数え年と言う。祈祷する時の年齢も数え年とすることもある。普通は亡くなった時にだけの年齢の事を言うが、行年と言う場合は歳は用い...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「昭和の葬儀(1)」

    2019/05/22
    昔の葬儀がどうなっていたか簡単におさらいする 人が亡くなると様々連絡網を通じて家族親戚ご近所が集まる。「まず坊さんを呼べ」とのことでお寺に☎がはいる。当時は何時間であろうが関係なく、夜中、朝方、何時でもお呼びがかかった。そして、いよいよお寺から坊さんにきてもらい枕経(臨終のお経)が始まり、同時に葬儀屋さんと時間や人数などの打ち合わせをすませ、役所に℡して火葬場の予約を入れる。 長老者の中に必ず...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「通夜にナイトクルーズ」

    2019/05/19
    葬儀社が故人の遺体を病院から葬儀場に運ぶ際、自宅の前に立ち寄るなどのサービスは以前から行われてきた。小衲も葬儀のあと火葬場に向かう道を、故人の縁ふかい所を通っていった覚えもある。近年では通夜が終了した後に、棺に入れた遺体を霊柩車に乗せ、遺族が希望する場所をドライブし、再び葬儀、告別式会場へ送り届けるという「最後の思いで~ナイトクルーズ」というサービスがあるという。霊柩車・寝台車の配車サービスや...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「医師も奨める慰霊祭」

    2019/05/16
    「病気を治す場所」である病院は、これまで「死」を連想させるものを遠ざける傾向があった。たとえば、亡くなった患者の遺体を安置する霊安室は、目立たない場所に設置されることが通例だった。しかし、近年、その位置づけを見直す動きが始まっていると聞く。福岡県東区の総合病院・原土井病院は2012年にリニューアルした。以前の霊安室は病院の敷地の隅に設置されて、狭く暗いイメージだったが、老朽化した霊安室の改装に...
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静岡にある当寺院で、永代供養を希望されている皆様にはぜひ一度当寺院まで足を運んでいただき、供養についての理解を深めてください。
永代供養を静岡県で行う当寺院は、葬儀から遺骨を納骨するお墓やお墓を管理する施設まで、故人が安心して死後の世界に逝けるように数多くのサービスをご案内しており、また当寺院のことを知っていただくための紹介も様々なメディアで行っておりますので、当寺院をご利用する前に一度ご覧ください。
寺院を利用するのが初めての方は、どういったことをするのかイメージが付きづらく、故人の方を任せて本当に大丈夫なのか不安になられます。
当寺院ではそのような不安を感じていただきたくないため、サイトでしっかりと寺院のことを紹介し、皆様と関わる住職はブログで日々のことや仕事のこと等随時掲載しておりますので、当寺院のブログをぜひご覧ください。