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静岡で永代供養なら幅広く対応できる当寺院まで

静岡で当寺院は永代供養以外の供養を行ってまいります

永代供養を希望の皆様に静岡にある当寺院は、多くの情報と確かなサービスを体験していただける環境を整えておりますので、おすすめです。
静岡にある永代供養で評判の当寺院はその道を歩き続ける住職が皆様のお悩みに対してしっかりと対応していき、ご不安や悩みを解消できる環境です。
また当寺院のサイトでは、皆様と向き合っていく住職のことや日々の事柄まで、どんなことでもご相談いただけるような情報を更新しておりますので、当寺院のブログを一度ご覧ください。

  • 静岡、納骨堂・永代供養「明日は彼岸お中日」

    2019/09/22
    お題目は,常に仏様の願いの中に生かされている私であることを喜ぶご恩報謝であると,聖人は申されました。お題目を喜ぶ人は,仏様の願いの中に生かされ,この人生がお霊前浄土へ進む到彼岸の人生になりますので,一年中お彼岸だということになるのです。 「彼岸」とは「かなたの岸」と言う意味であるが、「かなたの岸」とは理想の世界、仏の世界のことである。我々の住む世界(此岸:この世)が迷いの世界であるのに対して、...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「明日からお彼岸です」

    2019/09/19
    お彼岸は,お中日(春分と秋分の日)を中心にした前後の三日日間をとって,七日間ずつをそれぞれ春の彼岸,秋の彼岸としています。  「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉がありますが,お彼岸のころは,気候も暑からず寒からず,一年中でもっとも過ごしやすい時節とされています。  ですから,宗派を問わず仏教寺院では,聞法にもっとも適している時期として,彼岸会を行い,人々に仏法を伝えることを年中行事の一つとしてき...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「全てに感謝」

    2019/09/16
    食事を頂くとき、手を合わせて「いただきます」と言っています。これは並んでいる食物に感謝することですね。肉であれ魚であれ、野菜もしかり、はたまたそれを支える食器もお箸にも全てに「ありがたい」と感じることが大切です。私たちの命の源は食事ですから、必ず手を合わて戴きたいものです。前に悉有仏性とは全てに仏さまが具わっていることをが、野菜やお豆だって同じこと命を頂いているんです。調味料に至るまで同じこと...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「心のもの差し」

    2019/09/13
      物差しと言えば定規の文房具のことである。ただし心にも物差しがあり人それぞれ違う寸法のモノを所持しているに思われる。時と場合によって違うけれど我慢できる物差しを1㎝の時もあれば3㍍の人もいる。いい方が極端かもしれないが、気の短い長いはそれぞれあるのが事実である。幸せ感にしてもそれぞれ長さが違うのか当然のこと。何をもって幸せとするかが定義であろうが、年齢、環境、立場それぞれ異なるのが事実である。 ...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「葬儀について」

    2019/09/10
     少し前に、友人の母上が亡くなられ葬儀に出席した。何十年かぶりに会うAさん宅の家族や親戚の方々と会うことが出来た。故人を悼むと同時に懐かしく会うことの出来る再会の場となっている。葬儀は縁結びとも言われるように、解けていたものが再度結び会う場所でもある。  昨今は家族葬なるものが出てきて、それを佳かれと売り込む業者がいるが、またそういう時代なのか、如何なモノかと思う。亡くなってくれたお陰で、生きて...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「無常とは」

    2019/09/07
    いつまでもあると思うな親と金、ないと思うな運と災い。幸運も災難も拒むことは出来ない宿命である。人生の無常を感じることでもある。仏教においては因果の道理を語る至言でもある。  現在の境遇は過去に捲いた種の結果であり、現在の行いが種となって未来の結果が決定づけられる。昨今の「あおり運転」などもあるが、この場合は「何もしていないのにいきなり」まさに一種のテロのようなもので悪魔の技で、この場合は「善因...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「座敷わらしは居る」

    2019/09/04
    「挨拶」とは、もとは仏教の言葉で意味も違っていました。挨は押す、拶は迫るという意味で、禅宗での門下の問答をするときに、その悟りの深浅を試すことを「挨拶」といったそうな・・・。常日頃、会うとき分かれるとき、大勢に向かって話すことを挨拶といいます。言葉の変化は面白いですね。  今から4年前に、朝のお経を始める前にお堂の窓を開けると、時々座敷童(失礼だけれどそう呼ばしてもらった)のかなちゃんが大きな声...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「見学二人」

    2019/09/01
    シャボン玉 飛んだ 屋根まで 飛んだ 屋根まで 飛んで 壊れて 消えた シャボン玉 消えた 飛ばずに 消えた 生まれて すぐに 壊れて 消えた 風 風 吹くな シャボン玉 飛ばそ    みなさんご存知の童謡です 野口雨情さんが自分の子供を幼くして亡くしたときに作った詩なんだそうです 幼少の頃唄った時には意味解らずに楽しく唄えるけれど 理解して読んでみると 楽しくは唄えず悲しい歌なのが痛々しい...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「蜘蛛の糸」

    2019/08/29
     血の池地獄で溺れている悪人カンダタは、生前にクモを助けたという良い行いをしました。それを見ていたお釈迦さまは、悪人の目の前に糸を下ろさました。悪人はその糸に飛びつき何もかも忘れて一生懸命昇り始めました。途中下を見ると今まで一緒にいた仲間が一斉に昇ってくるではありませんか。このままでは糸が切れてしまうと思ったその時、悪人は昇り来る悪人を蹴り落とそうとしました。自分だけ助かろうとする悪人の姿をご...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「命のこと」

    2019/08/26
     昔は4人に1人がガンになるといっていたが、今では2人に1人と変わってきた。そして今やがん告知などは今では当然のことだが、四半世紀前はまだ隠すこともありだった。それほど死は遠ざけたいものだった。自分の命がどうなるのか隠されたまま、ギリギリオーラスの時期に来て告知となるのである。本人も薄々感じてはいても、医者でさえそれを伝えないという時代があった。  健康管理上、定期的に健康診断を受けることが世...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「国民性」

    2019/08/23
    声と国民性  子と孫に連れられて久しぶりにアウトレットモールへ出かけることとなった。前にも感じた事だけど、外国人が多い、しかもアジアの人たち。全体の割合からすると半分くらいはそうではないかと感じるほど、実際はどうか解らないけれどそれだけ多くみえた  我々は言葉を発する時に、相手だけに聞こえる範囲でモノを言うのであるが、彼らのそれは必要以上にボリュームがマックス。国土が広いからなのか、人口が多い...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「登龍門」

    2019/08/20
     各方面てせのお盆行事も全て終了、やっと夏休みかなっと感じる不思議な感覚です。しかし毎年のことではあるけれどくそ暑い時の行事はやる気がそげますね。佳くも悪くも自然によって生かされていることを実感するのですが、来年はオリンピック開催。心配も多々あるようです。  「登龍門」由来は良く知られています。後漢書にある故事で、黄河の急流にある竜門と呼ばれる滝を多くの魚が登ろうと試みました。そのなかで鯉のみ...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「どうしようもない」

    2019/08/17
     地震大国の我が国が地震に対して対策を怠ることはないけれど、それ以上の地震被害が起こる事をみても解るように、常日頃から地震に対しては気を付けてはいたと思う。しかしそれにしてもいざとなるとどうしようもないのが解る。ましてや最初のが本震だと思っていたところ、前のは余震で次ぎのが本震だということもある。この際余震も本震も関係なく地震は地震として受けとめるべきであろう。  山崩れのあおりで家が破壊され...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「お布施について」

    2019/08/14
    布施について  一般に布施と云いますと、法事などの際お礼として使われる言葉のひとつに思われていますが、布施というのは、単に住職への謝礼だけではありません。お経や法話を通じて、お釈迦さまの教えをいただいたよろこびを形に表わすものです。ですから喜捨とか報捨といいます。  布施とは、仏教の教えの一つで、それにはもともと、共同生活をしていくなかで大切な共に分け与え相手に施すという意味があります。住職が...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「もうすぐお盆」

    2019/08/11
     仏教用語の「盂蘭盆会」の省略形として「盆」(一般に「お盆」)と呼ばれる。盆とは文字どおり、本来は霊に対する供物を置く容器を意味するため、供物を供え祀られる精霊の呼称となり、盂蘭盆と混同されて習合したともいう説もある。現在でも精霊を「ボンサマ」と呼ぶ地域がある。中華文化では道教を中心として旧暦の七月を「鬼月」とする風習がある。旧暦の七月朔日に地獄の蓋が開き、七月十五日の中元節には地獄の蓋が閉じ...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「小欲知足」

    2019/08/08
     この四文字を、何と読みますか。ある人は{京都見物にでかけて、足が痛くなっただけなのを知った}と、笑うに笑えない話しもありますが、一般には{われはただ足るを知る}または{欲は少なく足(た)ることを知る}と解します。足るというのは、満足という意味です。  読むことはできても、言葉の本当の意味を知ることは、大変むずかしいことです。あまり欲ばらないで、満足することを知れというのである。今日、これをいう...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「思いやりの心」

    2019/08/05
    されたくないことって沢山あるけれど、されたくないことはしては絶対してはいけませんね。やられたらやり返す、なんて言葉もありますが、佳いことは佳いけれど、悪いことはしてはいけません。友人からの悪口や、知り合いからの悪い因縁話などは、悲しく嫌な思いをするばかりです。自分が言われたら、どんな気持ちになるのかを先に考えるべきです。 相手の気持ちになって考えることが大切です。そこに「思いやり」があります。 ...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「老いの品格」

    2019/08/02
    「老いの品格」(松永伍一著・大和書房)と言う本に老いの五ヶ条が示されています 第一条 健康であること  (これは基本) 第二条 脳を鍛えること  (これも大切) 第三条 感動すること    (楽しく生活するのに必要) 第四条 奢らぬこと      (たかぶったり、贅沢をしない事) 第五条 おしゃれ感覚を持つこと  (むさ苦しくせず小綺麗にしておく事) 一言でいうと心の豊かさを求めて生きる事だと思います。その心...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「大乘仏教」

    2019/07/30
     釈尊の教えはこの世の総ての人を平等に導く事を目的としました。これを成仏といいます。 しかし釈尊の涅槃後しばらくすると凡人では容易に仏にはなれないとされてしまいました。凡夫はこうして悟るのだと展開されたのが小乗仏教の始まりです。  小乗仏教と大乗仏教とありますがどう違うかと言うと、小乗仏教は劣った教えです。大乗仏教は立派な乗り物・勝れた乗り物と言えます。解りやすく簡単にいうと、「小乗・昭和の時代...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「みほとけの聖地」

    2019/07/27
     インドのマガダ国の首都でラージャ(王)の住むところ(グリハ)から名付けられました。お釈迦様の時代には大変栄えていましたが、インド政府が将来のためにと開発を禁止しており今はジャングルです。この地でお弟子さんと一緒に教団維持の為に戒律(約束事)を定めました。ここで安居(あんご)の生活を送ります。安居とはそれまで個々に活動していた僧侶たちが、定期間、一カ所に集まって集団で修行することです。  富士宮...
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静岡にある当寺院で、永代供養を希望されている皆様にはぜひ一度当寺院まで足を運んでいただき、供養についての理解を深めてください。
永代供養を静岡県で行う当寺院は、葬儀から遺骨を納骨するお墓やお墓を管理する施設まで、故人が安心して死後の世界に逝けるように数多くのサービスをご案内しており、また当寺院のことを知っていただくための紹介も様々なメディアで行っておりますので、当寺院をご利用する前に一度ご覧ください。
寺院を利用するのが初めての方は、どういったことをするのかイメージが付きづらく、故人の方を任せて本当に大丈夫なのか不安になられます。
当寺院ではそのような不安を感じていただきたくないため、サイトでしっかりと寺院のことを紹介し、皆様と関わる住職はブログで日々のことや仕事のこと等随時掲載しておりますので、当寺院のブログをぜひご覧ください。