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静岡で永代供養なら幅広く対応できる当寺院まで

静岡で当寺院は永代供養以外の供養を行ってまいります

永代供養を希望の皆様に静岡にある当寺院は、多くの情報と確かなサービスを体験していただける環境を整えておりますので、おすすめです。
静岡にある永代供養で評判の当寺院はその道を歩き続ける住職が皆様のお悩みに対してしっかりと対応していき、ご不安や悩みを解消できる環境です。
また当寺院のサイトでは、皆様と向き合っていく住職のことや日々の事柄まで、どんなことでもご相談いただけるような情報を更新しておりますので、当寺院のブログを一度ご覧ください。

  • 静岡、納骨堂・永代供養「三諦」

    2020/10/01
    前回からの続き さて同じ菓子でも、饅頭、羊かん、せんべい、大福餅皆姿形、拵方(こしらえかた)、味い皆ちがいます。そのちがった見かたを假有とも假諦とも申します。姿形はちがっていても皆相性体等をそなくて居らないものはありません。そう見てくると何もかも別なものでないことがわかります。かく皆同じと見るむきを空とも空諦とも申します。然しつまりは假有とも空無ともきめられません。そこで中諦と見ることも間違...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「十如是」

    2020/09/28
    方便品十如の解説(信徒用) 仏様が法華の会座を開かれた最初         遠藤是妙師述 斎藤見是師記 第一の説法で、一切の人を仏にする大事な考え方の根本になるお話です。それには諸法の実相を究め尽くすということです。問題は諸法と実相と二つになりますが、一つのものの二面の見方、考え方と存じます。それ故説明は二つになります。今の十如は「所謂諸法如是相云々」とて諸法の説明になります。世界中どんな...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「葬儀にて」

    2020/09/25
    人生には四苦八苦の内の初めの四苦の生老病死があり、必ず通らなければならない苦しみであります。生とは生と書き、生まれ生きる事その事事態の持つ苦しみ、そしてその中に老い、病、そして最後に死ぬと言う苦しみがあり、けっして避けることは出来ません。これはどんなに優秀に生まれ、どんなに優秀な成績を残したとしても、最後は死ななければならないと言う掟のようなものです。 霊位は 才と言うお歳でお亡くなりになった...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「達成」

    2020/09/22
     その日の苦しさを乗り越えた嬉しさ以上に、山門で出迎えてくれていた大勢のお題目の声、笑顔に対して思わず全員で随喜の涙をしました。この時の感動は一生忘れることの出来ない私の中では貴い宝物です。そこで待っていてくれた檀信徒、善男善女の全員から先程申し上げました、無財の七施の全てを確実に受けたました。眼施・和願施・優しい気持ちのお題目・心のこもったお題目など素晴らしい施しを戴いた訳です。  ここに居...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「行脚」

    2020/09/19
     苦痛を感じながらも三日目も歩かなければなりません。でも歩けども歩けれどもなかなか目的地の本山根本寺につきません。中には涙を流しながら唱題行進していた先輩も同輩も多く、それまで経験したことのない難行苦行でした。十一月中旬でしたから夕方の六時にはとっぷりと日も暮れて、暗闇の中での行脚になりました。行けども歩けどもお寺らしきものは見えませんでしたが、その内に我々の敲いている太鼓とは少し音の違う太鼓...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「心の財」

    2020/09/16
    また、『崇峻天皇御書』には 蔵の財よりも身の財すぐれたり、身の財より心の財第一なり。 とございまして、つまり仏を信仰する心、真実の仏道を歩む心に勝る宝はないと仰せであります。 この二つを合わせて考えてみますと常に法華経に身も心も任せてその法の如く如法に生きなさいと云っているのだと思います。  私が学生の頃、行脚旅行というのがありまして、四年間の間に千葉、伊東、佐渡、身延の四カ所を太鼓を片手にお...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「生死」

    2020/09/13
    以前、ある政治家が汚職に絡んだ事件に巻き込まれその挙句自殺してしまいました。 しかし、「俺は何も悪いことはしていない。検察のやり方はおかしい私を陥れようとしている」との思いで死んでも死が潔白を証明することにはなりません。昨日発売されたタレントの萩本欽一さんの著書「まだ運はあるのか」に週刊誌の記者に変な疑いをかけられ、悩んだ彼は「死んで分からせた方が早いや」と熱海の錦ヶ浦のがけっぷちに何十分間立って...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「病院で」

    2020/09/10
    また、日本の病院などで4とか9とかの数字を嫌い、西洋では13を忌むが、洋の古今東西を問わず、死を嫌い、なるべくなら避けて通りたいと思っているのではないでしょうか。  例え病気になってもそれに伴う数々の苦悩は痛感しても、死の問題としてとらえる人は少ないのではないでしょうか。 また、親、兄弟、友との死別も重ねて愛別離苦の悲しみは感じても、自分が死ぬことをあんまり考えようとしない、多くの方がそう思っ...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「無財」

    2020/09/07
     無財の七施は、お金だけが布施ではないことを改めて教えてくれます。 これらの布施は、大切な『清浄行』として、煩悩や悪業より離れた、身も心も清らかな行であるといわれています。ただし、名声や利益のための布施は不清浄施といってこれは、恥ずべき行為とされています。財産とか地位・身の回りのモノに執着せずに心の底から自然に行うことが肝心であり、事実そうありたいものです。日常生活における挨拶、困っている人に...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「七施」

    2020/09/04
    布  施   一般に布施と云いますと、法事などの際お礼として使われる言葉のひとつに思われていますが、布施というのは、単に住職への謝礼だけではありません。お経や法話を通じて、お釈迦さまの教えをいただいたよろこびを形に表わすものです。ですから喜捨とか報捨といいます。  布施とは、仏教の教えの一つで、それにはもともと、共同生活をしていくなかで大切な共に分け与え相手に施すという意味があります。 住職が法...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「行」

    2020/09/01
    天台宗開祖・伝教大師は「山家学生式」に 「よく行い、よく言うは国の宝なり」と仰せられています。 今日の社会環境では有言実行といい、子供の学級の目標や選挙演説などに使われます。 また「沈黙は金なり」と言って黙って善行をする人。 これは不言実行と言って奥ゆかしさがあり、これも大変尊いこと。 しかし、我々凡夫は自分が「よく言う」ことによって自己暗示をつける。 責任感、義務感、使命感がおきて、弱い心が...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「考え方-3」

    2020/08/29
    3.対応策 「このことは考えてもしかたがないこと/考えなくてもいいこと」と自覚し、「このことは考えたくない」と望むのなら、その対策はあります。そのことを考えているのに気づいたら、そのことを考えるのをストップすればいい」のです。そのことを、つい考えてしまうのは、無意識にですから、しかたがありません。自分を責めたり、落ち込む必要はありません。気づいたら、その考えをストップできればそれでいいのです。 ...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「考え方-2」

    2020/08/26
     2.自覚する  考えてもしかたがないことや考えなくてもいいことを、自分はどのぐらい考えているのかを自覚している人は少ないでしょう。自分は“くよくよ”“イライラ”しやすいと自覚している人はいると思います。考えてもしかたがないことや考えなくてもいいことを考えてしまうのは、ただムダな時間を過ごしてしまうだけではありません。大きいのは、イヤな気もちで過ごす時間が長くなることでしょう。そのことを考えると、悩...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「考え方-1」

    2020/08/23
    考えてもしかたがないこと/考えなくてもいいこと  考えてもしかたがないことがいろいろあります。たとえば、 過去の出来事。すでに起こってしまったことは変えようがありません。過去の出来事に対して、必要な対策をして、何かを学んだのなら、それ以上は考えてもしかたがありません。たとえば、将来のこと。将来について考えて不安になるだけなら考えてもしかたがありません。不安について今できる対策をしたのなら、それ以...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「ご挨拶」

    2020/08/20
    お盆行事の「迎え火、送り火」心を込めて行いましたか。お盆を楽しむことが出来ましたか。 「いってきます」と言えば「いってらっしゃい」と見送ります。 毎日の生活でのご挨拶に頻繁に使われる言葉です。 帰ってくれば「ただいま帰りました」と「お帰りなさい」とご挨拶するのが日常の決まり。往くと来るだから往来といいますね。基本的にこれが出来ないと駄目です。人間的に失格です。  この世の命が終わった時にも「い...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「六波羅蜜行-3」

    2020/08/17
    国民の祝日に関する法律の中に、春分の日は「自然をたたえ、生物をいつくしむ日」、秋分の日は「祖先を敬い亡くなった人々を偲ぶ日」と定められています。しかし、現在の日本では春分の日も秋分の日も共にお彼岸の中日として、国民の間に定着し、宗派を超えてお墓参りに行くことが一般的な習俗となっています。  お彼岸にはお墓参りをしますが、その時にかかせないのが、水、塗香、花、線香、飲食、灯明などを供えることは六...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「盂蘭盆」

    2020/08/14
    施餓鬼とは 一方で目連「盂蘭盆経」による釈迦仏の十大弟子で神通第一と称される目連尊者が、神通力により亡き母の行方を探すと、餓鬼道に落ち、肉は痩せ衰え骨ばかりで地獄のような苦しみを得ていた。目連は神通力で母を供養しようとしたが食べ物はおろか、水も燃えてしまい飲食できない。目連尊者は釈迦に何とか母を救う手だてがないかたずねた。すると釈迦は『お前の母の罪はとても重い。生前は人に施さず自分勝手だったの...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「さぁお盆です」

    2020/08/11
    お盆を迎える用意 七月盆、八月盆と地方によって違いはありますが、今年もまたお盆を迎える季節がやって来ます。多くのご家庭では、先祖から伝えられた形式によってお仏壇を調え、あるいは仏壇とは別に「精霊棚(盆棚、魂祭棚ともいわれます)」を用意して準備をされることもあるでしょう。 常にもましてお部屋を綺麗にし、新鮮な野菜や果物、故人の好みであったものを供物として用意します。それから花瓶に、お花も用意しな...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「六波羅蜜行-2」

    2020/08/08
    2. 持(じ)戒(かい)とは、(守ろう きまりや約束)しあわせな生活は持戒の徳の上に築かれていくものであります。ことに人命を尊重することは、仏教の幸福と平和の根本精神であります。 3.忍辱(にんにく)は、(耐えよう どんなことにも)忍辱の忍は刃に心と書きますが、心に刃があったらこれはじっと我慢するしかありません。辱ははずかしめですから、忍辱ははずかしめを堪え忍ぶことです。でも耐えることは、自分を殺すこ...
  • 静岡、納骨堂・永代供養「六波羅蜜行-1」

    2020/08/05
    暑さ寒さも彼岸まで〃春分と秋分の日は、一日の昼と夜の長さがほぼ同じです。しかも、太陽は真東から上り真西に沈みます。こうした自然現象が右にも左にも偏らないお釈迦さまの説かれた教えと重なって「中道」の思想のお彼岸という仏教行事になりました。  お彼岸とは「パーラミーター」という古代インド語を漢訳したものです。摩訶般若波羅蜜多心経の波羅蜜多(はらみった)のことであって「到彼岸」と訳します。仏教では、い...
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静岡にある当寺院で、永代供養を希望されている皆様にはぜひ一度当寺院まで足を運んでいただき、供養についての理解を深めてください。
永代供養を静岡県で行う当寺院は、葬儀から遺骨を納骨するお墓やお墓を管理する施設まで、故人が安心して死後の世界に逝けるように数多くのサービスをご案内しており、また当寺院のことを知っていただくための紹介も様々なメディアで行っておりますので、当寺院をご利用する前に一度ご覧ください。
寺院を利用するのが初めての方は、どういったことをするのかイメージが付きづらく、故人の方を任せて本当に大丈夫なのか不安になられます。
当寺院ではそのような不安を感じていただきたくないため、サイトでしっかりと寺院のことを紹介し、皆様と関わる住職はブログで日々のことや仕事のこと等随時掲載しておりますので、当寺院のブログをぜひご覧ください。